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ビバ!おけいこヴァイオリン

門下、レッスン、先生、コンクール・・・時にシリアス、時にコミカル。

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「番頭はんの帳場」-モーツァルトのロンド

2006/01/30(月) 19:08:30

本日の丁稚どんの曲は、モーツアルト作曲・クライスラー編の「ロンド」。コンクールの課題曲だ。

「うん。ええとこまで仕上がってきたなあ。その調子や。ロンドはなあ、輪舞曲言う意味や。楽しく舞っていこうや。そう楽しく、楽しくな。


♪楽しいロンド

ゆかいなロンド

ロンド、 ロンド。



さあ、コンクール前や、


きばれ、ロンド

キャバレー、ロンドン。



昔テレビでやってたキャバレー「ロンドン」のCMのもじりや。

わかるかな。わかんねーだろうなー。」


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「魔王のスタジオ」-ダダイスト

2006/01/30(月) 01:42:28

激痛に襲われ、死のロンドを舞った魔王は、本日のレッスン中止をスキムラ父に宣告し、手の治療のためにスタジオを出て行った。

ショウゾウはうずくまったままだった。父は茫然自失の状態で、スタジオの中を歩き回った。

「ああ、何ということだ。先生の手を噛むなんて。いけない子だねえ。」

スキムラ父がそう言うと、ショウゾウは泣きだした。

「ボビは悪くないのに、パーパが怒った。うえーーーん。」

幼児期、子供は誰でもダダイストである。本人の成長と共に、ダダがただのわがままに過ぎぬことを普通は家庭のしつけでたたき込む。スキムラ家はしつけを放棄し、幼稚園や学校、お稽古事にダダイスト・ショウゾウの矯正をすべて押し付けた。その悲劇の結果が、このどうショウもないゾウであった。

子供の個性尊重を、とのお題目が生み出した悲劇。ダダをこねれば、世界は黙って言うことを聞く。最後に泣けば、すべてが自分の思い通りに解決できる。悪いのは周りの世界や他人で、自分はいつも正しい。そう考え、行動することがショウゾウの習性となってしまった。

スキムラ父はショウゾウを抱きしめて言った。

「ごめんよ。ごめんよ。パーパが悪かった。そうだね。ショウゾウは悪くないね。ごめんね。」

ショウゾウは父の懐ですすり泣き続けた。

それから2~3分が経過しただろうか。ショウゾウの涙が枯れてきた頃、リンゴ飴を買いに行っていたコバちゃんが、戻ってきたような気配がした。気配がするだけで、実際にスタジオには入ってきていないが。
いや、ひょっとして、まだ戻ってきていないのかもしれない・・・

スタジオの窓の外には夕闇が迫っていた。

あの印象的な旋律がショウゾウの耳元で鳴り出したのは、その時だ。

ダダダダダダダダ、ダリラリラッタ。ダダダダダダダダ、ダリラリラッタ。

そう、読者諸兄はなつかしく思い出されることであろう。中学の音楽の授業で誰しも耳にし、大うけだった、あの前奏部分がゆっくりとショウゾウの聴覚をとらえ始めたのだ。

ショウゾウは異次元へとトリップした。


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「番頭はんの帳場」-原田幸一郎

2006/01/29(日) 00:03:22

「肩に力が入ってんねん。もっと、脱力や、脱力。

フォームをもう1回、基本に戻ってさらい直さんとあきまへんなあ。

家でな。鏡の前に立って、ああでもない、こうでもない、とフォームをチェックしなさーい。

体をまず、こう動かそう。そして次にこう動かそうという風に、ひとつひとつやな。


自分でやな、原田幸一郎と、いろいろと試行錯誤することや。」


(≒体、こういじろう)


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「番頭はんの帳場」-オーギュスタン・デュメイ

2006/01/28(土) 02:01:31

最近、「十両丁稚どん」グループに入門の中学生。フォームがどうも不自然である。

「ほら、ほら、もっと自然に立ってみいや。そや、そや、それで弾いてみて。」

と言って、いきなり、ヴァイオリンを弾くその中学生の肩を押し下げる。

中学生、いきなり押されたので、ぎょっとして番頭はんを見る。


「オーギュスタン・デュメイ。」


(≒「おー、ぎょっとしたら、だめい。」)

*注)オーギュスタン・デュメイ→1949年、仏・パリ生まれ。10歳でパリ音楽院に学ぶ。ミルシテイン、グリュミオーに師事した。特にコンクール歴はないが、巨匠の下で学んで評価を高め、フランコ=ベルギー派の正統を継承。繊細でエレガントでありながら、同時に巨体を利したダイナミズムをも持ち合わせ、表現の懐の広さでは定評がある。マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)、ジャン・ワン(チェロ)と組むトリオの活動でも知られている。


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「番頭はんの帳場」-わてはブロンに負けへんで!

2006/01/27(金) 00:47:57

そやけどなあ。ブロンはんのレッスンは無茶無茶厳しい言う噂やで。

わてのレッスンみたいな楽しいもんとはわけが違うで。


頭痛に、ブロンエース。


胃痛に、ブロンでーす。


ってなもんや。

あのなあ。はっきり言うて、この日本ではなあ、わては人気があるんやで。

そや、少なくとも、この関西ではなあ、


わては、ブロンよりも、うけてるで。


(っていうか、「ブロンより、もうけてる。」


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「番頭はんの帳場」-ザハール・ブロン

2006/01/25(水) 19:08:13

ある丁稚どんが、チューリッヒのセミナーで、「大魔王」ことザハール・ブロンのレッスンを受けたいと、恐る恐る番頭はんに申告。

学生音コン界のPL学園とも言われる音高から系列の音大へ、という関西おけいこニスト定番のエリートコースを、ほぼ牛耳っているとも言える番頭はん。


丁稚どんの申告を聞いて、しょうもないギャグを連発するが、おそらく心中穏やかではないはず。

「ありゃ、ザハール・ブロンはんのレッスンかいな。そりゃ、ええこっちゃなあ。ええ経験や、行ってこい、行ってこい。


お利口に、グリコ。


ハンサムに、ハムサンド。


プロ志望に、ブロン信奉。


ってなわけかいな。


ザハールに触ーるチャンスでーす。


ええこっちゃ、ええこっちゃ。」



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「魔王のスタジオ」-窮鼠(きゅうそ)曲・火出ん痛付き

2006/01/24(火) 19:18:22

「ボビは嫌だ。ボビは嫌だ。この姿勢がいい。」

「イタイ、イタイ。指がイタイ。」

「ダルイ、ダルイ。腕がダルイ。」

「絶対、絶対。ジージに言いつけるぞ。」

魔王はショウゾウがこねるダダにひたすら耐えた。

父親の手前、そして背後にいるオタベ幹事長の手前。

しかし限界がある。基本的にわがままな芸術家が、一般人のわがままに耐えられるはずはない。

「そうじゃない。こうだろう!」

「こうたろう、じゃない。ボビはショウゾウ。光太郎はボビのいとこ!」

「はあ? 何を言ってるんだ。馬鹿か、お前は。」

気色ばんで魔王が怒鳴った。ショウゾウの父親はその激しい怒鳴り声に一瞬凍りついた。

ショウゾウは「ウルサイ、ウルサイ。聞かない、聞かない。」と耳をふさいで、だんご虫のように丸まった。

断固無視、状態である。

「何をやってるんだ。立て! 立って、ちゃんと構えろ!」

そう言うと、魔王はショウゾウのぶよぶよの腕をつかんだ。

「あっ。つかんだ。つかんだ。ボビをつかんだ。」

「せ、先生、いけません。離して下さい。離して下さい。」

スキムラ父が青ざめて言った。あくまでも子供の立場に立とうとする、どうしようもない父親。

「さあ、立て!」

ガブッ!

「ギャアーーーー」

魔王の右手の甲に激痛が走った。ショウゾウが噛みついたのだ。

唾液で薄められたリンゴ飴の赤が、血と交じり合ってにじむ。そこに鮮やかな輪郭で残された歯型。血液の脈動でジンジンする激痛に魔王は襲われた。

「イターーーイ。痛、 痛、 痛、。」

魔王は飛び上がって、苦悶した。

「だから先生、申し上げたでしょう。この子にいきなり触ってはいけません、と。」

それ見たことかと言わんばかりに、スキムラ父がクールに言った。

「な、な、な、何だそれは!」

血のにじむ手を押さえて、魔王が絶叫した。

「ああ、ソロを弾かないといけないのに。どうしたらいいだ。右手が痛い。イターーーーイ。弓が持てないよ。あーーん。オロローーーン。オロローーーン。」

大の大人が正体を失くして、本気で泣き喚く。

断固無視に化身していた凶暴な鼠は、さすがにこの姿を見ると、自分のしでかしたことの重大さに気づいたようで、しおらしくなった。

-そうです。甘やかせば、つけあがります。しかし、大人が本気で喜怒哀楽を示せば、しおらしくなります。

激痛でぼんやりした頭の中の彼方で、誰かがそう言ったように魔王は感じた。


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「魔王のスタジオ」-フギャアスケート

2006/01/23(月) 23:58:58

スキムラ・ショウゾウが弾いたのは、「ヘンデルのソナタ」ではなかった。

それは、「変だなのソナタ」、あるいは「ヘル(地獄)ではそうなった」と呼ぶしかない代物であった。

とんでもない音程。地の底を這いずり回るような、異様にひしゃげ、けいれんした音。左手の手のひらがベッタリとヴァイオリンのネックに密着し、弓は弦の上で酔いどれた「フギャア!」スケーターのように滑りまくり、弧を描き、蛇行していた。

それは、悪い所ばかりをこれでもかとすべて寄せ集めてきたような絶望的な弾き方であった。体中を掻きむしって、「イー」に濁点をつけて叫び出したくなるようなノイズ、ノイズ、ノイズ・・・。

魔王の暗澹たる気持ちは、さらに深まっていった。このレベル、この性格、しかもこの親では、まともにヴァイオリンを弾けるようには絶対にならないだろう。本当にとんでもない弟子を背負い込んでしまった。しかもオタベ幹事長の孫ときているから、よけいに始末が悪い。

ショウゾウの弓による酔っぱらいスケーティングが終了した。世界は悪魔のソナタからようやく解放されたのだ。ほっとしたコバちゃんは、リンゴ飴を買いに行くと言ってスタジオを出た。

魔王は仕方なく、この少年の姿勢やヴァイオリンと弓の持ち方など、ごく基本的な部分の矯正をするためのレッスンにとりかかることにした。

しかし、すぐにそのレッスンは、ショウゾウの統制を失った狂想曲によってかき消されていくのであった。


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「番頭はんの帳場」-ジョシュア・ベル

2006/01/22(日) 19:20:47

「そやけけど、猫の手も借りたい今日このごろやのに、助手どもが最近、留学するやら、地方オケに採用が決まるやらで、どんどん減ってまんがな。困ったもんや。

ほんま、


助手は減る。


ジョシュア・ベルや。



*注)ジョシュア・ベル→1967年、米・インディアナ州ブルーミントン生まれ。ジョーゼフ・ギンゴールド、イヴァン・ガラミアン、ヘンリク・シェリング、ドロシー・ディレイ等に師事。14歳でリッカルド・ムーティー指揮フィラデルフィア管弦楽団と共演。17才でレナード・スラトキン指揮セントルイス交響楽団と共演し、カーネギー・ホールにデビュー。その後、世界の一流オケや指揮者と共演し、CDリリースも数多い。「レッドヴァイオリン」、「ラベンダーの咲く庭で」「アイリス」など映画のサントラ録音でも活躍中。情熱的な美音が魅力の、永遠の美青年ヴィルトゥオーゾ。




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「番頭はんの帳場」-ツィンマーマン

2006/01/21(土) 23:37:05

「あー、忙しい、忙しい。最近また門下生増えてまんねん。わてのカレンダー、ほら、見て。今月も、来月も、再来月も、1日もブランクなし。一切休みなしで、詰まったまんま。

どないも身動きとれしまへんのんや。

アメーリカから帰ってきた直後は、門下生がぜんぜん集まらんから苦労したなあ。

あのころは、カレンダーもブランクだらけで、惨めな思いやったけど。

ほんま、


ブランク減ったら、詰まったまんま。


フランク・ペーター・ツィンマーマンや。



*注)フランク・ペーター・ツィンマーマン→1965年、独・デュイスブルク生まれ。10才でモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番K216をオーケストラと共演。ヴァレリー・グラドフ、サシュコ・ガブリーロフ、ヘルマン・クレバースに師事。グリュミオーやオイストラフなど、往年の巨匠達の奏法や音楽を深く探求しつつ、独自の表現領域を確立した。欧州の正統派ヴァイオリニストの本流を行く存在である。


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「魔王のスタジオ」-彼方のソナタ

2006/01/16(月) 19:40:28

「ショウゾウ君、かわりのリンゴ飴は僕が買ってきてあげるから、ヴァイオリンを出して、今習っている曲を弾いてみてくれないかな。」

コバちゃんが、マエストーソな(威厳に満ちた)声でゆっくりと言った。その響きはスキムラ父子の動きを止めた。

父親とは似ても似つかない膨れ上がった身体。顔もそれに比例して大きいが、眼だけは細い。その眼をさらに細くして、ショウゾウは怖れるようにコバちゃんを見た。微笑んでいるコバちゃん。

「うまく弾けたら、新しいリンゴ飴をあげよう。」とコバちゃんが言った。

優しそうだが、コバちゃんの言葉と態度には、きっぱりとしたものがあった。少年は口中に残っていたリンゴ飴のかけらをごくりと飲み込んだ。

そして沈黙の数十秒が過ぎていった。いや・・・

-さあ、上手に弾いてごらん。君が上手に弾けば、いいことがあるよ。

誰もが沈黙しているはずなのに、遠く彼方から響いてくるような声がした。その声はどうやらコバちゃんのほうから聞こえてくるようなのに、コバちゃんは口を動かしていなかった。ショウゾウは不思議に思った。

-さあ、ヴァイオリンのケースを開けて。

と、また声がした。魔王にもスキムラ父にもその声はまったく聞こえなかった。ショウゾウの耳だけにはっきりと聞こえた。

その声は優しく、深く、人間の声のようでいて、何かの楽器が奏でる音楽の心地よさに包まれているようでもあった。

はじかれたように少年はヴァイオリンケースを開けて、ヴァイオリンと弓を取り出した。そしてそれをコバちゃんに渡した。コバちゃんは弓の毛を締め、軽く調弦して、少年に返した。

「何を弾いてくれるのかな?」

「ヘンデル。」

「ソナタ第3番2楽章だね。」

魔王とスキムラ父はあっけにとられて、その様子を眺めていた。

少年はまじめな顔つきになって、ヴァイオリンを弾き始めた。


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発表会・コンクール情報 2006.1.15

2006/01/15(日) 23:34:23

横浜みなとみらいホールの3月の予定から拾ってみました。


○第15回ABC新人コンサート・オーディション 第2次予選(東日本会場)
3月9日(木)ピアノ部門 10:20~(開演予定)
3月10日(金)ヴァイオリン部門 11:00~(開演予定)
横浜みなとみらいホール 小ホール 入場無料
主催:ABC音楽振興会

大阪のザ・シンフォニーホールで行われる「ABCフレッシュコンサート」(オケとの共演)出場をめざすオーディションの第2次予選(東日本会場)です。14歳以上30歳まで。あの木嶋真優さんは2001年に最年少14歳で最優秀賞を獲得。外山雄三指揮大阪センチュリー交響楽団とグラズノフのヴァイオリンコンチェルトを共演されました。


○JASTA(日本弦楽指導者協会) ストリング フェスティバル
3月26日(日)16:00~
横浜みなとみらいホール 大ホール 入場無料
主催:日本弦楽指導者協会 関東支部事務局

毎年恒例の日本弦楽指導者協会(岩淵龍太郎会長)所属の先生方の門下生が、全国から一同に会する弦楽合奏フェスティバルです。岩淵龍太郎先生、田中千香士先生などが指揮をされます。みなとみらい大ホールの素晴らしい音響と相まって、門下生の皆さんの感動的な大合奏が堪能できます。


○鷲見健彰門下生 いずみ会ヴァイオリン演奏会
3月27日(月)11:00~(開演予定)
横浜みなとみらいホール 小ホール 入場無料

桐朋学園大学教授、桐朋音教水戸教室主任の鷲見健彰先生の門下生発表会です。


○第22回かながわ音楽コンクール ヴァイオリン部門 予選
3月31日(金)10:30~(開演予定)
横浜みなとみらいホール 小ホール
主催:かながわ音楽コンクール事務局



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「番頭はんの帳場」-サラ・チャン

2006/01/14(土) 22:28:02

今日の丁稚どんは練習量が豊富で、すばらしい仕上がり。

番頭はんも大満足。

「おーーっ。えーで、えーで。よう弾けてるわ。

ちゃんとさらってきたなあ。

ちゃんとさらえば、上手に弾けるやろ。ようわかったやろ。


ちゃんとさらえば、さらちゃん級や。


おー、ええギャグ決まったやろ。

ついでに関連でもう一発。


かあちゃんがさざえは、たらちゃんや。


*注)サラ・チャン→1980年、米・フィラデルフィア生まれ。ジュリアード音楽院で今は亡き名教師ドロシー・ディレイに師事。8歳でニューヨーク・フィルとパガニーニのヴァイオリン協奏曲を共演し、天才少女との世評を確立した。10代で世界の主要オーケストラとの共演を数多く行っている。完璧無比なテクニック、豊潤な音色と歌い回しが特徴の、現代女流ヴァイオリニストの最高峰の一人である。


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「魔王のスタジオ」-リンゴ飴

2006/01/13(金) 20:04:49

今日はスキムラ・ショウゾウの初レッスンの日である。

父子連れ立って、45分遅れでやって来た。

「駅からの道が複雑で、迷ってしまいました。」と言い訳するスキムラ父には、あわてている様子は微塵もなかった。遅刻の確信犯として、悠々と魔王邸にやって来たように思えた。

駅から魔王邸までのわかりやすい地図は事前にFAXで送ってある。その地図を見て、道に迷ったなどという例は聞いたことがない。

息子のショウゾウはニューヨーク・ヤンキースの野球帽を被ったままで、挨拶もしない。それどころか、縁日の露店で買ったのだろうか、棒つきの真っ赤なリンゴ飴をベロベロと舐めていた。初レッスンの日に、しかも師匠の面前で、下品にも平気で飴を舐めている。しかもそれを父親が注意しようともしない。特注と思しき分数ヴァイオリン専用の四角いケースとレッスンバッグは、父親が抱えていた。

魔王は嫌な予感がした。

レッスン開始。

「こんにちは。ショウゾウ君。それでは、ヴァイオリンを出してくれるかな。」

ショウゾウはリンゴ飴を舐めるのをやめない。唇の周辺が広い範囲で赤くなっている。べちゃべちゃべちゃと唾液がほとぼしる。

「ショウゾウ、こら、ショウゾウ。飴を舐めるのをやめなさい。」

やっと父親のスキムラが注意した。しかし、この少年の場合、1回や2回の人の言葉は、親からのものであれ、先生からのものであれ、まず右の耳から左の耳にあっさり抜けていって、一切残らない。ベチャベチャは簡単に収まらない。

「こ、こら。ショウゾウ。レッスンが始まったんだから、飴を舐めるのはやめなさい。」

叱っているようだが、声音はおもねるように優しい。この父親の平素からの子供に対するコミットメントの薄さを如実に物語っていた。

「やめなさい。」と、父は仕方なくショウゾウの口からリンゴ飴を引き剥がそうとした。その拍子に、リンゴ飴が棒からスッポリと抜けて、床に落ちてしまった。

「あーーん。ボビのリンゴ飴、ボビのリンゴ飴があーつ。あーーん。」

「あーっ。ごめんよ。ごめんよ。ショウゾウ。パーパが悪かった。許してくれ、許してくれ。」

父親が子供に本気で謝っている。ショウゾウはこれで小学校4年生なのだ。これはヴァイオリンのレッスンどころではない。とんでもない父子を弟子にとってしまった、と魔王は暗澹とした気持ちになってきた。

「せ、先生。ちょっと待って下さい。私、ちょっと行ってきます。リンゴ飴を買いに。」

スキムラ父はヘピのような眼の小顔を真っ赤にしながら、魔王に向かって言った。その歯には青海苔がいくつもくっついていた。そして、唇の端にはマヨネーズミックスのソースの痕跡が確かにあった。

さっきタコ焼きを食べてきたであろうことは明白であった。

この父子、レッスンに来る前に、駅前のふれあいフェスティバルの露店に寄り道してきたに違いなかった。レッスン時間に大幅に遅れてきたのはそのためであった。


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「番頭はんの帳場」-イツァーク・パールマン

2006/01/12(木) 19:34:50

「おお、久しぶりに、真珠男(*注1)がルビーの音色聴かせてくれはりまっか。

1月15日、ザ・シンフォニーホール。楽しみでっせ。

敬意を表して、ほな、一曲。

♪グァルネリ・デル・ジェス ひっさげて


 来たぞ ぼくらの パールマンが♪」(*注2)


*注1)「真珠男」=Pearlmanのつもりだろうが、パールマンの綴りは正しくは、Perlmanである。

*注2)藤子不二雄原作の『パーマン』の主題歌の替え歌。ちなみにパールマンは確かにひと頃はグァルネリ弾きとして定評があったが、近年はストラディヴァリも弾くらしい。今回の来日公演の楽器がグァルネリかどうかは定かではない。

イツァーク・パールマン→1945年、イスラエル・テルアビブ生まれ。テルアビブ音楽院卒業後、1958年に渡米。ジュリアード音楽院で、イヴァン・ガラミアン、ドロシー・ディレイに学んだ。1964年レーヴェントリット国際コンクールで最年少(18歳)第1位となり、以降、世界の主要オーケストラと共演。CDの録音も多数にのぼり、グラミー賞・エミー賞の受賞も多い。軽々こなす超絶テクニクと音楽性の豊かさ。天性の明るく伸びやかな美音に近年は円熟の深みが増し、人気実力共にNo.1ヴァイオリニストの誉れが高い。


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