ビバ!おけいこヴァイオリン

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「伴奏は伴奏にあらず」

2015/01/08(木) 11:32:17

昨年12月25日に「ヴァイオリニア」に掲載した 【neko 語録】 「伴奏は伴奏にあらず」 が、ここ2~3日、ネット上で凄い勢いで読まれています

フェイスブックで次々とシェアされ、読者数はすでに通常の7倍以上。ヴァイオリン学習に関するアドバイスという領域を超え、広く音楽と演奏に関する至言として、多くの方々の共感を集めているようです。

neko 先生のこの投稿は13年前のもの。「ヴァイオリニア」ではオリジナルとは異なる見出しを付けて記事化する場合が多いのですが、この投稿については neko 先生が付したものそのまま。「伴奏は伴奏にあらず」というシンプルながら含蓄に富む見出しに惹かれた方も多かったことでしょう。

内容はご父兄が伴奏をするケースに関しての短めのアドバイスなのですが、伴奏には独奏を引き立たせるだけではない重要な役割があるという演奏全般の真実に触れる言葉であったことが、音楽に関心を持つ方々の心を捉えたのだと思われます。

引き立てよう、目立たせようと思って行う伴奏が、実は音楽そのものの価値を減じてしまう危険性を秘めていること、時間を共有する芸術である音楽においては、ソリストにもアンサンブル能力が求められていること、ピアノが弾けるからといって伴奏ができるとは限らないこと(例えば歌劇場の伴奏者であるコレペティトールは完全な専門職)・・・等。

多くの方々が、 neko 先生の簡潔な文章から直接、あるいはその行間に示唆されて、様々な教訓や気づきを得ているように思われます。

あらためて、ヴァイオリン学習だけには留まらない、音楽そのものの本質に触れた 【neko 語録】 の素晴らしさを実感しています。




nihonnnoneko 先生・全発言

「招き neko」プロジェクト(113)-【最終回】小さい子の調弦

2011/08/13(土) 15:50:43

綺羅星のような箴言は、すでに歴史となった。

「招き neko」プロジェクト(1)-7年前の今日、その発言は始まった。

このプロジェクトを開始したのは、2007年10月15日。そして、neko 先生の投稿が始まったのは、2000年10月15日。

記事の連載をして4年、投稿が始まって11年を経ることとなった。

断続的に続いたこのプロジェクトも、本日、2011年8月13日をもって、最終回となる。

読み返す度に、その言葉は決してあせることはないと痛感する。

我々が常に帰っていくべきところ。

永遠の輝きを放ち、これからも、おけいこニストの将来を照らし続けるはずだ。


<<分数楽器でもアジャスターはつけない方針を採っている教師も時々見かけます。

音のためには余計なものをつけないほうがよいのは当然です。何歳だからペグによる調弦をしてはいけない、といった決まりもありません。

ただし小さい子にはペグのみでの調弦は厳しいものがあるので次善の策としてアジャスターをつけるのです。

先日書いたように楽器の作りの問題もあります。分数楽器ではサイズ的にもフルサイズよりも精密な出来を期待するのは無理があるからです。

過去、二分の一、四分の三サイズでペグのみの調弦をやらせたこともありましたが、かなりの確率でアジャスターに戻って行きました。成長すればより容易に出来るようになるのですから、現在のところ、弱い指で四苦八苦させる必要は感じていません。

確かに調弦は上手いに越した事はありませんが、日コンでも予選でかなり高めの調弦で弾き出してしまった人間が本選まで残った例があります。

師事する先生の方針も色々ですから迷ったら相談してみるのが一番です。>>

(小さい子の調弦 2005/ 8/13 2:23)




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「招き neko」プロジェクト(112)-調弦の練習をしよう

2011/08/08(月) 22:16:23

<<いまどきの子は雑巾などを上手く絞れないから調弦も下手、という話が内内で出たことがあります。調弦の基本動作はペグを押し込みながら回すことですが、指が弱いとこれがなかなかできないのです。

最初から上手くできる子は殆どいませんから、ともかくは練習することです。

始めのうちは大きく回して行ったり来たりする子が多いのですが、これが癖になると絶対に合いません。大まかに合ってきたらあとは極力微調整できるように訓練します。

レッスンではなかなか時間が割けませんから、同門で調弦の上手い先輩を紹介してもらうのも一考です。

また、以前にも書いたことですが、楽器のペグ部分が穴と直角にぴったり合っていないとピンポイントで止まってくれません。色々やっても上手く止まってくれない場合は工房でチェックして貰うことです。

ギシギシ言う場合は4B~6Bくらいの鉛筆の芯をペグと穴の周囲に塗ってもいいでしょう。PEG DOPEのなかでは個人的にはGOTZを勧めています。よく言われるチョークの使用は絶対に避けてください。最初は止まっても徐々に削れてきます。

ピアノに合わせる場合はポンと叩いて一番初めに鳴った音の高さで合わせてはいけません。ピアノは打弦すると一旦上下に振れてから安定する性質を持っています。このことを知っている伴奏者は必ず間隔をあけて鳴らします。最初の調弦で伴奏者の程度も分かるものです。

緊張すると人間の耳は直ぐ狂います。自宅やレッスン室、発表会まではすんなり行く子でも、コンクールになると全く合わない、というケースは往々にしてあるのです。舞台上でパニックに陥りながら行ったり来たり、焦って弾き始めてしまい、途中でペグが巻き戻ってしまった悲惨な例もあります。

コンクールでも小学生のうちは舞台袖で調弦してもらえるところもあり、合わせて貰ったら舞台では極力いじらないことです。自分で調弦する場合でも、子どものうちはチューナーでチェックして舞台袖で合わせてしまい、舞台では真似事だけ、というケースも多いのです。

また、E線のアジャスターですが、本番前に限界まで巻き上げてしまい、いざというときに全く動かなくなっていた、という例もかなり見受けられますので、直前に必ず緩めて本体で調整しておく習慣をつけて下さい。>>

(調弦 2005/ 8/11 1:34)




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「招き neko」プロジェクト(111)-右手が使えないとき

2011/06/12(日) 23:19:08

<<小学校高学年になりますと、ピアノ譜から和声を拾い出して展開の仕方を勉強するのに丁度良い機会なのですが、小学2,3年生だとまだそこまでは行かないでしょう。

怪我の程度によりますが、楽器が構えられるのであれば、ドイツ音名を言ってその音を押さえる⇒親が弓で弦に触り、合っているかどうか確かめる、という練習があります。

このとき、左手は楽器に触りっ放しではなく、一回ごとに下ろします。これはまず第一ポジション内で行い、正確に出来るようになったらポジションチェンジを入れて行います。順を追ってなら容易ですが、ランダムにやらせると難しいものです。

これを全部人差し指だけで押さえて行く練習もあります。この場合は必ず親指と人差し指が向かい合わせに動いているかどうかをチェックして下さい。

また、楽器が構えられないときには歌わせます。弦をやる人間は頭の中で自分の出そうとする音が鳴らせることが肝要です。基本はAで、まずこの音が正確に歌えるようにします。ヘルツの問題もありますから、メトロノーム等で合わせてみると良いでしょう。

いずれにしても、怪我があると体力も落ちていますから集中力も普段よりは無くなっています。練習するにしても、このあたりを考慮して行って欲しいものです。>>

(右手が使えないとき 2005/ 6/22 1:54)




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「招き neko」プロジェクト(110)-楽器を鳴らすのは値段ではなく、奏者の技術と日頃の手入れ、調整者の腕

2011/05/24(火) 20:06:07

<<そろそろ楽器が湿気て来る季節です。

ヴァイオリン族は梅雨も台風もないヨーロッパで生まれた楽器であることを忘れてはいけません。高温多湿に加えて熱帯化が進む日本の夏に西洋音楽が演奏され、鑑賞され得るのはひとえにエアコンのおかげなのです。

ところが我々はともすればその気候の違いを忘れ果てています。ヨーロッパで何も問題ないように見えた楽器でも、日本でひと夏を越すと、膠がはがれた、指板が下がった、等々支障が顕在化するケースは少なくありません。

特に「値頃感のある」オールドは要注意です。

もともとヨーロッパでは基本的に「弱い」調整しか行っていませんから楽器はいわば「寝た子」です。これを日本に持ち込んで急激な湿度変化にさらすと「寝た子」を起すことになるわけです。きちんとした工房、楽器商では「まる1年は様子を見ないと」と言う程です。

現地駐在が終わり帰国する段になって安いから、と中途半端な楽器に飛びつくとあとで後悔します。帰国してから信頼できる楽器商、工房を紹介してもらって希望価格を告げればまず間違いのないものが入手できますし、ホール用の的確な「強い」調整も受けられます。

値段不相応なものをつかんだとすれば、それは紹介者や購入先の肩書き等に惑わされた結果で、それは日本でも欧米でも変わりません。

在欧の邦人演奏家はその殆どが帰国時には必ず立ち寄る駆け込み寺的な工房を持っています。日本人調律師のレベルの高さは良く知られたところですが、弦楽器の調整についても欧米と比べても引けを取るものではありません。それはこの日本の気候、梅雨と台風に鍛えられた結果です。

楽器を鳴らすのは値段よりも、奏者の技術と日頃の手入れ、調整者の腕なのです。特に後の二つに対する認識をもっと深めて欲しいものです。>>

(梅雨と台風 2005/ 6/15 2:02)




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「招き neko」プロジェクト(109)-自分の身体の一部として楽器を扱う癖を早くから身につける

2010/12/19(日) 00:58:03

<<楽器は自分の分身です。それは弾き手が大人であっても子どもであっても同じことです。ヨーロッパに留学した学生が、師事する予定だった教授に「楽器をこんな汚い状態にしておく人間は教えない」と断られた例もある程です。

しかし、特に子どもに甘い日本では、高い楽器は買って与えても手入れの仕方は教えない、弦の取替え、弓の毛替えは全て親の仕事で、レッスンの行き帰りに疲れるだろうからと親が楽器を持つことまでしています。

高い楽器だから、借りているのだから、と色々理由をつけているのでしょうが、子どもに任せられないような楽器を持たせること自体が間違いですし、一人で楽器を持ち運ぶ体力もない子にヴァイオリンを習わせることはありません。

正しい手入れが分からないのなら、しっかりした工房や楽器商の元に子どもと一緒に行って教えてもらえばよいのです。少なくとも小学校も中学年になったら弾き終わったら清潔なガーゼで弦を押さえるように拭いて汗を取ること、松脂や涙鼻水は綺麗にぬぐうことは自分でやらせ、フルサイズになったら弦は自分で取り替えられるように教えます。

糸巻きがギシギシいって回りにくい、或は思った位置で止まってくれない、などの不具合があるのなら自分で電話を掛けて対処法を聞けるように躾けることです。

梅雨に入ってから秋口までは清潔なタオルに空アイロンをかけてカラカラにし、ケースにこもりがちな湿気を取ることも教えます。ブランド物のスカーフで楽器を包んでいる学生を見かけますが、高温多湿のこの季節に、わざわざ湿気をこもらせて楽器が鳴らないようにしている行為です。

子どもが学校に行っている合間に親が工房に楽器を持ち込んで調整してもらうのも、時々は子どもを連れて行って、「こんなに汚くして!」「駒が倒れかかってるのが分からないのか!」と叱ってもらうことも必要です。他人に怒られて初めて、子どもは物事を覚えるものです。

自分は弾くだけ、手入れは親がするもの、と思い込んでいるようでは、楽屋で自分の楽器を放置して席を立つのも平気でしょう。その間に事故が起こったとしてもそれは全て本人の責任です。

「他人を信頼できない人間に育てていいのか」などという見当違いの意見を吐く保護者もおりますが、人間性に対する洞察力の欠如を示しているだけのことです。

こうした緊張感のない態度は特に海外に出たときに命取りとなりかねません。ヴァイオリン弾きとして立つ気があるのなら、楽器も自分の身体の一部として扱う癖を早くからつけさせることです。>>

(楽器は誰のためのものか 2005/ 6/14 2:07)

最近、ロンドンで、「サンドイッチを買う間に、1億5千万円のストラドを盗まれる」という事件が起きている。若年のおけいこニストならずとも、身体の一部たる楽器の扱いについては、しっかりと肝に銘じておきたい。




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「招き neko」プロジェクト(108)-「もう何回も弾いたことがある、簡単だ」という意識は、かえって邪魔

2010/11/22(月) 01:04:14

<<今回の曲は随分と良く弾けて上手になった、これなら次の曲からは飛躍的に伸びるだろう、と期待していると元の木阿弥に戻ってがっかり、といった体験は殆どの保護者が持っているでしょう。

これは、子どものうちはまだ自我が目覚めていないからです。繰り返し教えても右から左状態であるのもそれが原因です。それを保護者が倦まず弛まず家庭で練習させるからコンクールにも受かるのです。

コンクールで格段に弾けてもそれは保護者なり指導者なりの熱意が乗り移った結果であるのが半分以上で、本人は「何が何だか分からないうちに終わっていた」のが本音です。高校生になって、「今回は落ちてしまったけれど、全部自分でやったから何処が上手く行って何処が失敗したか全部覚えている。小・中で通った曲は楽譜を見てもなにをやっていたのか全く思い出せない」と言った生徒もいるほどです。

基本的に子どもは目先のことしか頭にありません。

過去を振り返ったり、未来を見据えて計画を立てるようになるのは思春期の洗礼を受けてのちのことです。音高に入り、周囲を見て来し方行く末を考え、30分くらいで何を弾く?リサイタルは?日コンは?と考え始めたときに初めて、自分なりのレパートリーを考え曲の取捨選択が始まるのが殆どです。

よく、「コンクール用に練習した曲は徹底的に掘り下げるからレパートリーになる」と言いますが、それは高校生以上の話です。

勿論、小さいうちから「習った曲は直ぐ弾ける」子もいます。それは生来器用で、人前で弾かされることを考えて練習している子です。しかしもうひとつ、仕上げのレベルを何処においているかもあります。「直ぐに弾けといってもできない。ピアノなら初見でも弾けるけれど」と言う弦の専門家もいるくらいです。

一度習った曲が直ぐに弾けるに越したことはありませんが、子どものうちはせいぜい譜読みの段階を出ていないレベルであることが殆どですから、一段上のコンクールに出すときに「もう何回も弾いてきている、簡単だ」という意識があるとかえって邪魔になることもあるのです。

むしろ昨今は、期日直前にとことん追い込んでも耐えられる強靭な精神力を養う必要性を痛感しています。特に男子はこの「馬力」があることでかなりの欠点が克服されるものです。>>

(子どものレパートリー 2005/ 5/31 0:12)




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「招き neko」プロジェクト(107)-コンクール熱に浮かされず、地道な作業を続ける

2010/08/22(日) 16:11:11

<<(前回の投稿は)言葉足らずで失礼しました。問題の箇所の趣旨は以下の通りです。

身体の大きい子なら小学校4,5年で、そこそこの子でも中学1年にはフル・サイズの楽器に切り替えるケースが殆どです。

そこで再度スケール、セブシック等で左手・右手(主に左手)の固めなおしをすべきはずですが、一方では小学校のうちに1度は毎コンを通したい、中学になれば入試を睨んで夏期講習実技や毎コン出場で舞台経験を積ませたい、とも考えます。

そうすると、どうしても目先の曲を仕上げることに追われてついつい「スケールやってるね」「大丈夫だね」で済ませてしまいがちです。

特に指導者を変えて一から出直し、なら直されても仕方ない、と諦め、教える側も欠点がよく見えます。ところが昔から持っている生徒だと、一度は丁寧に教えた、ポイントはわかっているはず、と油断しがちです。

生徒のほうも「ああ、またあれね」とポジションチェンジの際の親指、薬指、小指の向きなど一度は出来た、と流してしまう。特に左手は「何で今更」という思いが非常に強く働くようで、新旧の生徒とも熱心にさらい直す子は殆どいません。

更に入試前は楽典・新曲視唱などするべきことが山積していますから押せ押せになると「まずいなあ、あれができないと今度のエチュード酷いことになるんだが」と思いながらも時間が取れないままになってしまいます。

その結果が如実に現れたのが今年の高校入試で、「曲とエチュードの差が大きすぎ、まるで別人」「エチュードちゃんと練習してきたのか?」「曲の出来がいいから入れるけどこれじゃあ先行きどうかね」と言われた生徒が多かったのです。

フルサイズになればそれまでの分数楽器にも増して音程、ヴィブラート、先弓の扱いが難しくなるものであるにもかかわらず、ヴァイオリン弾きの「いろは」に割く時間が激減するものですが、音高に入ったなら一度は曲を減らし、その時点での立ち方、構え方、肘の高さ、自分の弓の可動範囲が音に与えている影響を徹底的に点検するべきです。

周りがコンクール熱に浮かれているときにひとりこの地道な作業を続けるのは非常な忍耐力を必要とします。逆に言えば、これが出来る人間は、たとえマスコミで騒がれることはなくともプロの間では不可欠な人材になっていきます。

この習慣をつけることによって専門家として立つ為に必要なppでも通る音、プロとして使える音程、息の長いフレージングが身についていくのです。>>

(加筆訂正 2005/ 5/11 1:54)




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「招き neko」プロジェクト(106)-「骨化」との闘い

2010/08/16(月) 17:39:45

<<毎コン・日コンの課題曲が発表となりました。出場予定者は早速譜読みに入っているところでしょう。

この春音高に入ったばかりの子どもたちもコンクール狂想曲に参加して、最初の試験といえばパガニーニの課題曲オンパレードになることが予想され、試験官は今から皆食傷気味です。

実際のところ、殆どの生徒はフルに替わって約3年、うち2年ほどは舞台度胸もつけたいと基本の洗い直しは殆ど出来ていません。本来ならここで再度左手のタッチ、親指、薬指、右手の弓の返し、各指の使い方などを徹底的に直さないと、このままでは保って3年、と思うのですが難曲に挑戦することばかりに執着する生徒は言うことをきくものではありません。

問題は上半身ばかりではありません。日本は特に豊かになりましたから、その分両腕の激しい運動を支える支点であるべき腰が背筋・腹筋共に年々弱くなっています。

専門学校に入ると従来の体育はコマ数が激減し、自分の下半身の弱さを実感する機会もなくなります。それを他の方法で補えればよいのですが大抵は練習時間が増えればよい、とばかりに自分の身体の変化には眼を向けません。

柔軟性と強靭さを兼ね備えた筋肉でなければ長時間の練習、演奏家としての生活には耐えていけないのですが、骨の先端の骨化が進行して硬くなっていく身体を強くなったと勘違いしかねません。

小さい頃は押し付けようが、鷲掴みだろうが、いわばどんな無茶な弾き方をしていてもある程度はこなせます。骨と骨との間が広く、稼動範囲が確保されているからです。

それが、思春期に入ると関節部位の骨化が始まり、稼動範囲がどんどん狭められていきます。この時期は骨の成長に筋肉が追いつかず、故障も起こりやすくなります。上半身に故障が起こった場合でも全体のバランスをみて強化部位を考えないと、鼬ごっこにはまります。

特に無視されがちなのは股関節の柔軟性です。特に早くからハイヒールを履きたがる女子の場合は、骨化が早いこと、もともと筋力が弱いこととあいまって非常に重要です。

肩、肘の柔軟性と同等に前屈、後屈、ねじれにも強い自前のガードルを作るつもりで継続的に一定の時間を割かなければ、腰痛、膝痛のみならず首、肩、肘にまで負担が及びます。それを知らずに上辺の格好だけを真似したくねり弾きをよく見かけますが、教授陣からすれば滑稽なだけです。

音高に入った以上は上手くても下手でも音楽家として扱う大前提があります。高校に入った途端に怒鳴られなくなった、叱られなくなった、と感じる生徒も多いのですが、それは今後の自分の進路を考えれば自分の練習方法から身体にいたるまで自己管理できなければやっていけないからです。

ただ、所詮はまだ十代半ばの「お子ちゃま」が殆どで、群れが動けば自分も慌ててついて行こうとします。そこで求められるのが保護者の大局的なチェック機能です。

学生たちのなかでも早い時分からデビューした子どもは、多くが何らかの故障を抱え、注射や薬やコルセットなどを用いて自分の体を騙し騙し活動をしています。

ステージのお呼びがかかれば断るわけには行かない心境は充分理解できるのですが、肝心の筋力を鍛えないままではどんな方策も一時凌ぎにしかなり得ません。

自分の子供を18までの時分の花で終わらせてよいのかどうか、特に身体が硬くなってきたなあ、と感じておられる保護者の方はここで「骨化」して重さを増した骨を支える為の方策を再考して欲しいものです。

コツはまとめて長時間するのではなく、毎日継続して行うこと、身体の温まった状態で行うことです。この癖さえつけておけば、詰まった日程でも身体の歪みを戻しながら、なんとかこなしていけるものです。

ちなみにここでいう「筋力」とはボディビルダーのような硬く厚い筋肉を指しているのではありませんので念の為。>>

(「骨化」との闘い 2005/ 5/10 23:18)




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「招き neko」プロジェクト(105)-ある楽器工房主の独白(関西弁)

2010/08/03(火) 00:56:53

<<まあそうですなあ、今頃は夏秋のコンクール受けようか、音高行こかいうお子さん方が楽器替えに来られる季節ですけれども。

それにしても今日びの親御さんたちは皆さん金持ちにならはった。猫も杓子もオールドオールドで、年代が古いだけでも二百万三百万ぽんと上乗せされて。そうかと思えば「この子が気に入った楽器やからそれが一番」とおっしゃる。

今ではもう滅多と使わんようになりましたが「豚児」いう言葉がありましたな。親なら自分の子は可愛い、可愛いが他人様から見たならそれはそこらの豚の子と変わらんやろう、この大人の弁えが今は無うなったんと違いますか。

私らから見たらまあ、豚「児」やなくて豚「耳」ですな。少しは指が回るかしれませんが一人前の楽器をまっとうに鳴らしたこともない十か十二ばかりの子が、これはいい、あれは駄目、言うのを親御さんは目え細めて眺めておられて。

まあ信用できるとこでそれなりの値段の範疇で選べばまず間違いはないはずですけど、子供は大概が耳元で鳴る楽器をええ楽器や思てますから、その気になったら行き場失くして困ってる楽器を売りつけるくらいは簡単なことですなあ。

それはオールドは木が枯れてますから鳴り易い、それでもそれは本人の力で鳴らしてるのやない。ましてや古くて鳴れば売れる、いうんで板削って細工して、そんな楽器をつかまされていざ買い換えよう思たら二束三文で引き取ってもらうしかない、そういうお客さんをどんだけ見てきましたか。「振り込め詐欺」が流行るわけですわ。

趣味でするんならまあ、気に入ったものを弾けば宜しいと思います。他人様にお金頂いてステージに立つんでもなし、耳元で鳴って弾いてる本人がええ気持ちになればそれでええんやし。

プロになったら豚耳もそれなりになおってますから「気に入った」いうてもその言葉の意味が違いますわな。それをこれから修行して人間になろういう豚児が楽して音出そう、てまあ何処でそんな考え吹き込まれてこられたんですかなあ。

若いうちは楽器を先生にして長いことかけて技術磨いて思い通りに鳴らせるように持って行く、楽器に教えてもらう、それがお金貰ってステージに立とういう人間の務めや、思うてここまできましたが、今日びの親御さんたちには通じんようになりましたなあ。子供の好みが第一で音楽なんやから楽しく、なんでわざわざ進んで苦しいこと辛いことせんならん、と。

まあ、わたしとこは家土地自分のもんですし、子供は後継がん言うてますから好き勝手やらせて貰うて、それでも気心知れたお客さんだけで充分やってますから有り難い事ですわ。

長い間見てますと何十軒とへめぐり歩いても決まらん人と、いっぺんですっと決まる人と、ありますなあ。ほいでもって選んだ楽器見てますと、結局のところは弾く子に丁度見合った楽器を選んでるんですなあ、これが。ですからこちらももう、若い頃のようにやいのやいの言わなくなってきましたなあ。上手くなったらいい楽器も自然 と寄って来るもんですし。

なかにはこっちが出す楽器を黙って持っていって四苦八苦してる子も居って、そういう子ならこちらも何とか都合して聴きに行って、ここまで来たなら次はこれ、いうて金庫開けて算段する気にもなり、それがまあ、今のわたしの道楽ですかなあ。

まあ、親御さんは子供さんの為に金遣いたい遣いたい、思てその一心で来られるわけですからあんまり水差すようなこと言うてもね。楽しく買い物したい方にはそれ用の処があるわけですから、まあ、縁無き衆生は度し難し、いうのが正直なところですなあ。>>

(或る楽器工房主の話 2005/ 3/19 1:14)


(過去の関連記事)

懐かしの「王子ホールの片隅で」シリーズ。(こちらは勿論、フィクションです。)

王子ホールの観客席で(3)-門下特約の楽器商のみなさんの会話

王子ホールの片隅で2006(3)-今年も登場! 客席に陣取る楽器商の密やかな会話(1)

王子ホールの片隅で2006(4)-今年も登場! 客席に陣取る楽器商の密やかな会話(2)




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「招き neko」プロジェクト(104)-入試2か月前、テンポをチェックする

2010/07/04(日) 18:49:59

<<入試まで2ヶ月を切りました。

年が変わる前にチェックすべきことの第一は正確なテンポで弾けているかどうかです。エチュードでは言わずもがな、ロマン派のコンチェルトであっても同様です。

細かな音型が弾けないからテンポが落ちる、あるいはロングトーンを正確に弾く技術がないから4分音符が付点8分音符になっているのですが、これがいつの間にか本人の頭の中では「表現のためのテンポ・ルバート」にすりかわっていることが多々あります。

本人も保護者もそれが音楽的だと固く信じていても、延々自分勝手なルバートのオンパレードを聞かされる試験官からすれば「数も数えられないのか」としか思えません。自分の中にメトロノームを持っていれば回避できることなのですから、普段いかに勝手気ままな練習をしているか想像出来ようというものです。

これを防ぐにはまずメトロノームの音を出して練習する、次にメトロノームの音を消して弾いてみる、それから自分の中のテンポにあわせて弾いてみる、また可能なら4分音符は8分音符、8分音符は16分音符、16分音符は32分音符に分割して数えてみる、このように厳しくチェックしてみることです。

メトロノームを掛けていても果たして自分の演奏がはまっているかいないか、それすらも分からないでいるケースもありますから注意が必要です。傍からあれこれ言われるのを嫌がるのならMDに録音させて自身で聴いてみるようにさせればよいのです。

曲の仕上げにかかると一旦作り上げたものを壊すのが嫌さに、テンポチェックをしないまま全曲通して弾いてしまうことが多いのですが、これではフレーズ毎の繋がりが弛緩してしまい、確固たる構成を持たない軟体動物のようなぐずぐずの演奏になってしまいます。

「上手い」と思わせる演奏は「あっという間に終わってしまう」演奏です。この緊迫感を生み出す為には例えば4・4・8小節間をインテンポで弾く、テンポを落とした分は固まりの中で埋め合わせる引き算の感覚が必須です。

その地道な練習なくして「聴かせよう」とばかりにやたらにあちこち歌い上げても無駄なことです。これを教授陣は「風呂場の一人カラオケ」と呼んでいます。知らぬは本人ばかりなり、です。

これは入試ばかりではなく、専門家が審査員となるコンクールに臨む場合でも同様です。>>

(インテンポ 2004/12/18 0:48)




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「招き neko」プロジェクト(103)-指導の要諦は、現時点でその子に何を「教えないか」

2010/06/21(月) 00:58:46

理論指導の重要性を説いた投稿が、掲示板にやや波紋を生じた。

<<理論の指導について些か議論が過ぎたようです。

周りを見渡してみても、小学校低学年から終始形、和声について実技で教えて行くほうが少数派であり、だからこそ指導される側も動揺することなく一歩一歩歩んで行って欲しい、との願いをも込めての書き込みだったのですが、余計な動揺を与えてしまったのかもしれません。

楽曲の分析だけで済むのならそれは楽理の世界であり、演奏家が自分の肉体を通して音を出す以上、具体的に弓をどう使うか、左手をどうするかに帰着します。

また、曲の中でも理論が必須である箇所とそうでないところが入り組んでいるのです。それなりの指導者なら、「弓はここまで使って、こう返して、この音はノン・ヴィヴラートで、ここからかける」で通していても、その裏には確固とした理論の裏づけがあってのことです。

「まず弾けなければどう指導しようもない」というのも頷けることです。まず技術を固めてから、理論は音高志望が固まってから或は音高入学後にゆっくり、でもそれは子供のタイプ、先生の方針によってどちらでも有り得る事です。今師事されている先生が「自分を知るためにこれからもコンクールに」と言われているのもそれなりの計画があってのことでしょう。

所詮ネット経由で言えることは一般論に過ぎず、それもかなり限定された狭い内輪の世界でのみ通用する話であって、一対一で生徒を見ている指導者に敵うはずもありません。

また、指導の要諦とは何よりもまず、現時点でその子に何を「教えないか」でもあるのです。

ところがネットでは相手の顔が見えないことも手伝ってついつい過剰に陥ってしまいがちです。前回の書き込みについてもコンクール落選後の親の心情は大体こんなところか、との趣旨で書いたもので、あくまでも狭い意味での一般論です。このあたりを念頭においてご理解いただいたほうがよいでしょう。

「ただそこにいる親」についても字面から誤解を受けやすいので、改めて論じる機会があればと思います。

ここで言えるとすれば、小中学生はあくまでも保護者の助けが必要な児童・生徒であって、その助けは「指導者に対しては子供を庇わず、諂わず、子供に対しては貶めず阿らず」が中核をなすべきであることです。熱心な親ほど子供を貶める傾向がありますが、これは単に自分の弱さを子供に転嫁しているだけのことで自戒すべきでしょう。>>

(ネットの限界について 2004/11/17 2:08)




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「招き neko」プロジェクト(102)-親が「ただそこにいる存在」となったとき

2010/05/08(土) 21:03:35

<<文章で読めば奇麗事でも現実はまさに混沌としています。その良い例がコンクール参加です。

まず子供は殆ど100%「その場主義」で直ぐに成果が欲しいのです。水準以上の器用さがある子と熱心な親ほどそうです。課されたエチュードを黙々とこなすのはきちんと練習しなければ弾けない不器用な子供です。昨今のようにあちこちで「こどもコンクール」の類いが開催されるようになりますと小学校低学年のうちからそわそわし始めます。

小さいうちは鼻先に人参をぶら下げると実力以上のものを出すこともよくありますし、コンクールの為のレッスンならかなりの限界まで追い込んでもついて来ます。また、プロを目指すのであれば観客の存在は必須ですからそれなりの成果が見込めそうであれば場所を選んで出すのも指導のうちです。

ただし、教師が狙う成果と親子が思う成果とは必ずしも一致しません。勿論「参加することに意義がある」式では詰めに甘さが出ますから「結果が出る」ことを目標にするわけですが、スケール、エチュードをじっくり見て行く普段のレッスンとは違い、コンクールは短期決戦です。

教えるほうも一から理論をやっていたのでは間に合いませんから勢い「弓はこう、ここまで使ってここで上げて」式になります。ある程度は抜けることも覚悟で詰め、本人の欠点が出ないように、長所が生かせるように持って行くわけですが、ぎりぎりまで追い込んでステージに載せて初めてその子が本当はどういう性格なのか、今まで教えたことが何処まで身についたか等々分かることが多々あります。

これがその後の指導の参考になるわけですが、意外な落とし穴になるのが保護者です。親がどうでも本人は泰然自若、なら問題はないのですが、小学生のうちはどうしても親がパニックになって子供に当たり、入るものも入らなくなるパターンが散見されるのです。

加えて結果がついてこない場合、「あんなに練習したのに」「あんなに追加レッスンも入れてお金も使ったのにまるでドブに捨てたよう」と徒労感が「あんな指導はうちの子には合わない」「もっと力のある先生に」と教師に対する不信感に変わるのも人情です。

教師のほうが「収穫があってよかった。さあこれからこことあそこを直して」と思っていると突然「止めます」と言われる。これはなにもコンクールに限ったことではなく、何年か先を見据えた指導では尚更です。俗に言う「家庭の理解が得られる子なら専門家にすべく指導する」はつまりはこういうことで、時々内輪で「本人は表現力もあってちょっと違うな、とは思ったけれども親がねえ、別の先生がいいんじゃないかと思って断った」と話が出るのもこれです。

従順な子も反抗的な子も、子供は思った以上に親に気を使っているものです。それが思春期、特に音高入試後に反動となって現れてきます。この時期についてはまた述べる機会もあろうかと思いますが、とどのつまりは我が子が出来なかろうが、叱られようが、ここ一番では親は逃げず当たらずにただ「そこにいる」存在になっていただきたい、出来ないのも忘れるのも練習が嫌になるのも楽をしたいと願うのも、それはごく普通のことです。

「もうやめちゃいなさい」「どうせ才能なんかないんだから」「もう知らないから」と言い返すのも「結局私が全部チェックしてきたからここまでこれたんじゃないの」と思うのも当然です。逆に早々と「出来ないのはあなたの責任」と突き放すのは自立でも何でもなく、ただ子供を孤立させ、親も孤立するだけのことです。依存があったからこそ自立も出来るのですが、ここを履き違えている親は少なくありません。

どんな親でも最初はパニックに陥り、あるいはああしたらこうしたら、と考えあぐねるものです。その段階を乗り越えて親が「ただそこにいる存在」として子供の傍に居るようになった時、子供は初めて一対一で音楽と向き合い、自分の頭で考えて行くことが出来るものです。>>

(親心は惑う 2004/11/10 3:26)




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「招き neko」プロジェクト(101)-入試課題曲のエチュード

2010/03/23(火) 01:31:35

<<課題曲が公表されたときから教育は始まっています。

自由曲は1年前からでも準備が出来ますがこの時期発表されるエチュードは3ヶ月でどれだけのことが出来るようになったかを見るものであり、また、最低これくらいはできるようになってからお入りください、という学校側からのメッセージです。

その「これくらい」がどこまでか、は単に何とか弾けるレベルから和声、リズム、フレージング、と上を見れば限りがないのですが、たかが○○○、もう一度弾いたことがあるし、となめてかかると直前になって大慌てすることになります。

ヴュータンやヴイエニヤフスキをそれらしく弾きこなす子に延々アルペジオの続くエチュードをあてがってみると別人のような惨状、というのは教師をしていれば誰にでも経験があるものです。

親指の位置、ポジションチェンジの基本などは小学生のうちに教えているのですが、3度、6度オクターブの重音、フラジオレット等々を詰め込むうちにその基本が少しづつ甘くなり、その場しのぎの方法に取って代わっているのです。

これは幼稚園から預かった子も小6になって預かった子も大差はありません。

手首が人一倍柔らかくとびぬけて器用だったり、巌のように頑固に基本に忠実だったりする極々少数の生徒だけがエチュードでも曲とのギャップを感じさせない演奏をするのです。

この掲示板でも繰り返し基本練習の重要性を書いてきましたが、例えば去年のコンクールに予選で落ちてから今年のコンクールまでスケールを毎日欠かさず練習した生徒がどれ程いるでしょうか?

どんな教師でも面と向かって本人の欠点を指摘し、対策を提示しているのですが、肝心の当人が途中で抛り出してしまうのです。

それは年齢に関係のない人間の性で、そこを乗り越えた結果のひとつが例えばイチローです。大抵の人間はホームランを狙って自らフォームを崩して行くもので、それが普通なのです。

だからこその入試です。

すべてに恵まれて中3夏期講習を前にしても「人間関係を磨くため」の行事参加を親がプッシュする時代であるからこそ、時限性を設け、その中でもう一度基本に立ち返らなければ弾き通せない課題曲を与えて勉強しなおして貰う、そうでもしなければ誰も左手の地道な練習を3ヶ月も続けようとは思わないでしょう。

教育は既に始まっている、と書いたのはそういう意味なのです。>>

(入試課題曲 2004/11/ 5 1:35)



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「招き neko」プロジェクト(100)-小さい頃から理論を教わる(2)

2010/03/18(木) 00:52:12

<<本当にこれからの日本の音楽界を支える人材を育てようと思ったら小・中学校のコンクール結果はいいのです。

その時点では分からなくても良いから調や和声やリズムを実技の中で教え、その知識を手がかりに自分の音楽を考えられるようになったとき、それを音に表せるように左手の指の向きから丁寧に見て行きたい。

音楽は単なる感情や気合で弾くものではなく、楽譜の裏側に何かとてつもなく大きな深淵がひそんでいることをおぼろげながらでも掴んで欲しいのです。

しかし、現実問題としてはこれはなかなか難しいのです。

まず指導する側自身、特に若手が実技を通して理論を教えられない、同系統立てて教えてよいか分からない、これは丁度現在が鈴木メソッドで基礎を教えられた音大出身者が指導者の中堅となり始めた時期でもある事が大きいでしょう。

小さい子はまずCDを聞かせて気に入った演奏を真似させて、あるいは「悲しそうに」「元気に」と教え、さてその次をどう展開させていったらよいか分からない。或は理論はソルフェージュ、楽典担当の先生に、と丸投げしてしまう。

またもうひとつは保護者側の問題です。

日本も便利に豊かになり、その分子供の精神年齢はおよそ2~3歳幼くなりましたが、親は反対に早く結果を欲しがるようになっています。

端的に言えば、小4でいきなり毎コン入選なら音高に進ませてもよいが・・・とか、小・中・高と入賞し続けていなければ音楽を続ける意味がない、とでも思うかの如くです。

そういう親子に地味な左手のエチュードをやらせるなどほぼ不可能です。「そんなことをするより来年のコンクールにぜひとも通りたいから通してくれる先生に」です。

それで思い通りにすると3年程はコンクール常連で居れますが、日コンまできて全く歯が立たずに終わることが殆どです。

先は見えているのですが、指導者が教室や学部の要職にある場合は理想ばかりを言っては居れません。集まってくる保護者の期待、教室の運営、学校の今後を考えれば看板は多いほうが良く、継続して結果を上げる必要があるので、その時点時点で「弾ける」生徒が多いに越したことはないのです。

結果的に学部教授陣は教室の子は原則として教えない、個人の生徒にだけ小学校の頃から理論まで教える、等々各々が自分なりの色分けをして教えています。

目先のコンクールに通ればよい生徒と日コン級で結果を出して音楽界を支えて行く生徒とでは、教えるべき内容の深さとかける時間の量は天と地ほども違うからです。

そこを鑑みるとき、小2の音楽教室の生徒にも理論を教えられるのは指導者本人に理論と実技二本立ての系統だった長期的教授法が確立されており、既に何らかの結果が出ていて揺るぎのない確信もあり、尚且つ数をこなさなければ食べていけない、生徒が逃げたらどうしよう、などと生活の心配をしなくて済む余裕がある、あるいはそういう点を気にかけないから可能なのである、と言ってもよいでしょう。

後は保護者側が何年先を見るのか、にかかっています。

広いようで狭い世界です。コンクールの結果が出るたびに、「あそこで辛抱していれば良かったのに」「あの先生の下でよく耐えたからねえ」「やっぱりここまでだったか」と話が出ます。

素人目には不器用に見えていても、専門家は見るべきところを見、聞くべきところを聞いています。この時期、周囲の意見に揺れ動くのは至極当然ですが、本人に気持ちがあるのなら踏みとどまるのも保護者としての役目でしょう。>>

(続・何年先を見るのか 2004/10/16 2:46)



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